子供といっしょに鉄道を楽しもう!2女1男1妻の父親育児と鉄道大好きブログ
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震災14ヶ月 岩手県沿岸部縦断旅【三陸鉄道北リアス線編】
今回は鉄道のお話し。

東北新幹線3017Bで北上します。今回は「早得」切符を購入しようと思いましたが、普通車の30%引きは売り切れ、G車の30%引きのほうが、普通車より安い現象が起きており、人生3度目のG車へ。ホームライナーなど無料G車や普通列車のG車は乗るけれどね。本物のGは違うぜ~。なんだか会社の偉そうな感じの人々が、乗る早々カーテンを降ろして仕事を初めてしまうので、つまらない。ふんわりシートですっかりよく寝てしまった。

盛岡で8分の乗り換え。またもや父の故郷=盛岡を素通りしてしまい、叔母さまのお見舞いもせず申し訳なく思います。盛岡滞在8分乗り換えで1105発3648D快速リアス号で山田線を東進します。快速でも2時間のローカル線の旅です。盛岡から東へ向きを変え、上米内駅までは各停。その後、米内川沿いに山の中に分け入っていく。

山田線を通して運転する列車は1日4往復。なかでも大志田駅は上り6:52が始発で最終。下りは19:24が始発で最終。上下1本づつの秘境駅である。区界駅は、名前から推測していた通りの分水嶺であった。この辺は時刻表マニアの嬉しいところである。区界からは閉伊川沿いに進んでゆく。いくつもの鉄橋を渡る。素晴らしい田舎の光景である。徐々に川幅が広がり、大きな川となって13:04宮古駅到着。駅前は津波の被害は受けていないように見える。

宮古駅前はキチンと片付いている。地震や津波の跡は見えなかった。すでに綺麗に片づけられたのかもしれないが、今まで見てきた駅のように泥が広がっていたり、建物が壊れていたりはしなかった。駅前の宮古郵便局まで行く。三陸鉄道の発車まで間合い16分で、大急ぎである。

三陸鉄道宮古駅に飛び込と、初めて目にする36型です。サンリク型と読む。先ほど到着した806Dが2両連結で、うち1両が団体利用だったらしい。ホームで2両を分割し、前の1両が宮古1320発の807Dになる。宮古駅を海とは反対側=盛岡向きに発車すると何本かのトンネルを抜けてゆく。三陸鉄道というと沿岸の海すぐ近くを通る印象があったが、実は山の中が多い。リアス式の入り江の内側に町があり、両側の山をトンネルで抜いて町をつなげている。
田老1339着。宮古からのお客さんの多くが下車する。⇒田老編。次の次の下り発車は16:44発である。夕闇が迫ってきた駅がなおさらさびしい空気である。

16:58小本駅着。団体のお客さんがいるらしくホームはたくさんの人々えある。現在は北リアス線宮古方は、ここが終点である。次の島越が駅を含め壊滅状態であり、小本-島越-田野畑間が不通になっていて代行バスが運転されている。駅を出たバスは、三陸自動車道を走る。現在は無料化されていて、印象としては「バイパス」という感じだが、片側1車線の「準」高速道路である。看板が高速道路と同じ緑色である。この自動車道の存在は、今後、三陸の交通の大きなポイントになるはずである。


大芦(島越)というバス停で、高校生が下車した。バスは私一人である。このあたりの海は断崖絶壁であり、海沿いには道がない。かなり山深い場所を通っている。田野畑村役場の前を右に曲がり、うねうね山を下って平井賀=田野畑駅に下る。

田野畑駅の前には「水門」があり、上屋が36型と同じ塗り分けになっている。TVで森末慎二が「これ面白いですね~」と紹介していた建築物だ。バスからはかなり高く見上げる位置にあるが、窓がすっかり割れて、その高さまで津波が来たことがわかる。つまりこの集落もすっかり飲み込まれてしまったということである。

線路は高い位置にあったので、津波の影響がない。南側には車止めが置かれている。38分の間合いで、36形をじっくり観察することが出来た。駅前にはお母さん方が7-8人集まってきた。何事かと思えば消防団の訓練である。おそらく山の高台に残った家の方だろう。周囲は暗くなってきた1811田野畑発。


915Dは旧久慈線の終点であった普代に着いた。普代からは海に近づき、小さな港を見下ろしながら進む。海は暗いなかに白波が立っている。野田玉川-陸中野田間は、今年の3月末まで不通区間であった。海沿いを走る線路はほぼ砂浜と同じ高さを走っているらしいが暗くてよくわからない。徐行運転。野田から学生が乗ってにぎやかになり、久慈に到着。この日は久慈駅前のビジネスホテルに宿泊。


明けて3/12 久慈駅の上り始発は5:26発902Dは、2両編成で、前より1両がアニメのキャラクターたちが手をつないでいるラッピング車両です。車内はリクライニングの座席に置き換えられています。後ろ寄りの36形は回送である。海沿いの町は朝が早いのかと思っていたが、またもやお客はまた私一人である。


陸中野田を出ると徐行運転で進む。左手が海でかなり近い場所を走っていた。防波堤が破れている。反対側はやはり平らな土地になっている。新しくバラストが撒かれた区間には、ガレキが高く積まれていて、開通を両手を上げて喜ぶわけにはいかない。


普代駅で後ろ1両切り離し。この車両が901Dになる。普代駅前では山肌を削って大規模な工事が行われている。三陸自動車道路の工事である。乗車する人なく田野畑駅まで結局私一人だけだった。バスは部活に出ると思われる高校生が乗り込み、途中のバス停でも10人ほどが乗り込んできた。小本で乗り換えた802Dは朝の高校生でにぎわっていた。一般のお客様も多く乗車。田老から喪服の奥様が向かいに座る。一周忌か。7:38宮古駅へ。宮古で復興支援みやげを購入。ピンバッチ、復興の様子を描いた漫画、塩などを購入した。

東北新幹線3017Bで北上します。今回は「早得」切符を購入しようと思いましたが、普通車の30%引きは売り切れ、G車の30%引きのほうが、普通車より安い現象が起きており、人生3度目のG車へ。ホームライナーなど無料G車や普通列車のG車は乗るけれどね。本物のGは違うぜ~。なんだか会社の偉そうな感じの人々が、乗る早々カーテンを降ろして仕事を初めてしまうので、つまらない。ふんわりシートですっかりよく寝てしまった。

盛岡で8分の乗り換え。またもや父の故郷=盛岡を素通りしてしまい、叔母さまのお見舞いもせず申し訳なく思います。盛岡滞在8分乗り換えで1105発3648D快速リアス号で山田線を東進します。快速でも2時間のローカル線の旅です。盛岡から東へ向きを変え、上米内駅までは各停。その後、米内川沿いに山の中に分け入っていく。

山田線を通して運転する列車は1日4往復。なかでも大志田駅は上り6:52が始発で最終。下りは19:24が始発で最終。上下1本づつの秘境駅である。区界駅は、名前から推測していた通りの分水嶺であった。この辺は時刻表マニアの嬉しいところである。区界からは閉伊川沿いに進んでゆく。いくつもの鉄橋を渡る。素晴らしい田舎の光景である。徐々に川幅が広がり、大きな川となって13:04宮古駅到着。駅前は津波の被害は受けていないように見える。

宮古駅前はキチンと片付いている。地震や津波の跡は見えなかった。すでに綺麗に片づけられたのかもしれないが、今まで見てきた駅のように泥が広がっていたり、建物が壊れていたりはしなかった。駅前の宮古郵便局まで行く。三陸鉄道の発車まで間合い16分で、大急ぎである。

三陸鉄道宮古駅に飛び込と、初めて目にする36型です。サンリク型と読む。先ほど到着した806Dが2両連結で、うち1両が団体利用だったらしい。ホームで2両を分割し、前の1両が宮古1320発の807Dになる。宮古駅を海とは反対側=盛岡向きに発車すると何本かのトンネルを抜けてゆく。三陸鉄道というと沿岸の海すぐ近くを通る印象があったが、実は山の中が多い。リアス式の入り江の内側に町があり、両側の山をトンネルで抜いて町をつなげている。
田老1339着。宮古からのお客さんの多くが下車する。⇒田老編。次の次の下り発車は16:44発である。夕闇が迫ってきた駅がなおさらさびしい空気である。

16:58小本駅着。団体のお客さんがいるらしくホームはたくさんの人々えある。現在は北リアス線宮古方は、ここが終点である。次の島越が駅を含め壊滅状態であり、小本-島越-田野畑間が不通になっていて代行バスが運転されている。駅を出たバスは、三陸自動車道を走る。現在は無料化されていて、印象としては「バイパス」という感じだが、片側1車線の「準」高速道路である。看板が高速道路と同じ緑色である。この自動車道の存在は、今後、三陸の交通の大きなポイントになるはずである。


大芦(島越)というバス停で、高校生が下車した。バスは私一人である。このあたりの海は断崖絶壁であり、海沿いには道がない。かなり山深い場所を通っている。田野畑村役場の前を右に曲がり、うねうね山を下って平井賀=田野畑駅に下る。

田野畑駅の前には「水門」があり、上屋が36型と同じ塗り分けになっている。TVで森末慎二が「これ面白いですね~」と紹介していた建築物だ。バスからはかなり高く見上げる位置にあるが、窓がすっかり割れて、その高さまで津波が来たことがわかる。つまりこの集落もすっかり飲み込まれてしまったということである。

線路は高い位置にあったので、津波の影響がない。南側には車止めが置かれている。38分の間合いで、36形をじっくり観察することが出来た。駅前にはお母さん方が7-8人集まってきた。何事かと思えば消防団の訓練である。おそらく山の高台に残った家の方だろう。周囲は暗くなってきた1811田野畑発。


915Dは旧久慈線の終点であった普代に着いた。普代からは海に近づき、小さな港を見下ろしながら進む。海は暗いなかに白波が立っている。野田玉川-陸中野田間は、今年の3月末まで不通区間であった。海沿いを走る線路はほぼ砂浜と同じ高さを走っているらしいが暗くてよくわからない。徐行運転。野田から学生が乗ってにぎやかになり、久慈に到着。この日は久慈駅前のビジネスホテルに宿泊。


明けて3/12 久慈駅の上り始発は5:26発902Dは、2両編成で、前より1両がアニメのキャラクターたちが手をつないでいるラッピング車両です。車内はリクライニングの座席に置き換えられています。後ろ寄りの36形は回送である。海沿いの町は朝が早いのかと思っていたが、またもやお客はまた私一人である。


陸中野田を出ると徐行運転で進む。左手が海でかなり近い場所を走っていた。防波堤が破れている。反対側はやはり平らな土地になっている。新しくバラストが撒かれた区間には、ガレキが高く積まれていて、開通を両手を上げて喜ぶわけにはいかない。


普代駅で後ろ1両切り離し。この車両が901Dになる。普代駅前では山肌を削って大規模な工事が行われている。三陸自動車道路の工事である。乗車する人なく田野畑駅まで結局私一人だけだった。バスは部活に出ると思われる高校生が乗り込み、途中のバス停でも10人ほどが乗り込んできた。小本で乗り換えた802Dは朝の高校生でにぎわっていた。一般のお客様も多く乗車。田老から喪服の奥様が向かいに座る。一周忌か。7:38宮古駅へ。宮古で復興支援みやげを購入。ピンバッチ、復興の様子を描いた漫画、塩などを購入した。
震災14ヶ月 岩手県沿岸部縦断旅【宮古市田老地区】
5/11。震災より、1年2か月目の田老である。
↓防潮堤の上から、北方向を眺めている。中心の道は国道45線、右の4階建てが漁協。

叔父と両親はこの町のすし屋兼民宿に泊まったそうで、とても好評だったようで、「今度ぜひ私たちも」と考えていた土地だった。また沿岸部南北の国鉄線がまたつながっていない時代の旧「宮古線」の終点としても田老という駅は印象に残っていたのです。
宮古を出て、三陸鉄道は山の中を走ってきたが、田老直前のトンネルを抜けると、右手がパッと拓けて、初めて海沿いに出る。駅は集落の南の端にあり、高台になっていて、集落を見渡せる高さにある。そのあったであろう集落がないわけです。駅の高さを境にして、海側にあった家々は基礎を残して全くない。ふと思うにご家庭にあるであろう「庭木」という低木も見当たらない。道と電柱だけはきちんと立ち並んでいる。その向こう側に防潮堤がある。
高くそびえる防潮堤は、昭和8年三陸津波を受け、田老地区は大きな被害を受けた。防潮堤の一期工事は昭和9年に工事が開始され、日中戦争の中断を挟み、昭和33年完成。起工から24年を経て全長1350m、基底部の最大幅25m、地上高7.7m、海面高さ10m 。その後も増築が行われ、昭和41年総延長2433mのX字型の防潮堤が完成した。昭和35年チリ地震津波では、田老地区の被害は軽微でした。
この「X字」を上が北にして、海が右側にすると、駅は左下になります。駅から階段を下ると、観光センターという鉄筋の建物が壊されていて、自転車置き場になっている。目の前の道を歩くと「防潮堤」の左下から防潮堤の上を歩く。

下のスペースに野球場があったがガレキ置き場になり、種類ごとに小山になってる。


分別の結果、泥と布と木片が交った、汚泥というか、どうにも分けにくいものが埋め尽くしている。
東日本大震災による最大波到達時間15時26分。高さ8.5m以上。防潮堤の2倍以上だったという目撃があり、15M以上であった可能性がある。津波遡上高37.9m(←東大地震研究所発表)海側の防潮堤は約500メートルにわたって一瞬で倒壊し、市街中心部に進入した津波のため地区では大きな被害がでた。田老地区の人口4434人のうち200人近い死者・行方不明者を出した。
Xの中心の接続点まで来た。そこから見えたのは、驚くべき光景だった。Xの右上の防潮堤が、破壊されているのだ。見上げるような建造物が、ごっそり崩されているのです。下に降りて見上げると、その大きさにも驚かされるし、壊れてしまった部分がどこに行ってしまったかもわからない。防潮堤の壊れ方は・その波の力の強大さに戦慄するばかりだ。万里の長城とも呼ばれた城壁は、ボロボロに寸断されていた。


壊された海側にはプレハブ仮設の海草乾燥施設が作られていた。

ここで中心の接続点から防潮堤を下り、線路方向へむかう。線路はXの左側深いところに5Mほど高い斜面を走っており、線路の海側は壊滅。山側にある学校や住宅や墓地は津波被害を受けていないようである。
下校時間になると、子供たちはマイクロバスで帰宅する。バスには仮設の行き先が貼られていて、3カ所ほどを回るようだ。三陸鉄道の上りがやってくる時間なので、学校の横からトンネルの上に出る。場内信号機が見える位置で上りを撮影する。背後は墓地である。

山の墓地から海側を望む。山桜が美しく咲いていた。
山すそを北に向かう。このあたりに郵便局があったはずだが、人に聞くまでもなく、建物はない。山すその道が防潮堤のX左上と合流するところが、田老地区の北端であり、「三陸大津波ここまで」の看板がある。その先に仮設建物のローソンがある。つまり今回の津波は、昭和8年の津波を超えて到達しているわけだ。

コンビニの復活の力は、すごい。もちろんその会社としての考え方が大きいのだと思うが、沿岸部を通していえることだが、なにもない平原の中、ガソリンスタンドとコンビニがまず営業を始めている。ローソンの復活力は褒めてもいいとおもわれる。このスピードで国も動いてほしい。民間の共同企業体JVで復興を牽引するべきではないのか。

見渡す限りの平地の中、商店が一軒だけ営業していた。田舎によくある雑貨食料品店である。地元の方の気配をわずかに感じる場所であった。家が残ったほんの少しの子供たちが歩いていた。
ただ一人、小学生が困ったような顔をして「こんにちは」と声をかけてくれた。
↓防潮堤の上から、北方向を眺めている。中心の道は国道45線、右の4階建てが漁協。

叔父と両親はこの町のすし屋兼民宿に泊まったそうで、とても好評だったようで、「今度ぜひ私たちも」と考えていた土地だった。また沿岸部南北の国鉄線がまたつながっていない時代の旧「宮古線」の終点としても田老という駅は印象に残っていたのです。
宮古を出て、三陸鉄道は山の中を走ってきたが、田老直前のトンネルを抜けると、右手がパッと拓けて、初めて海沿いに出る。駅は集落の南の端にあり、高台になっていて、集落を見渡せる高さにある。そのあったであろう集落がないわけです。駅の高さを境にして、海側にあった家々は基礎を残して全くない。ふと思うにご家庭にあるであろう「庭木」という低木も見当たらない。道と電柱だけはきちんと立ち並んでいる。その向こう側に防潮堤がある。
高くそびえる防潮堤は、昭和8年三陸津波を受け、田老地区は大きな被害を受けた。防潮堤の一期工事は昭和9年に工事が開始され、日中戦争の中断を挟み、昭和33年完成。起工から24年を経て全長1350m、基底部の最大幅25m、地上高7.7m、海面高さ10m 。その後も増築が行われ、昭和41年総延長2433mのX字型の防潮堤が完成した。昭和35年チリ地震津波では、田老地区の被害は軽微でした。
この「X字」を上が北にして、海が右側にすると、駅は左下になります。駅から階段を下ると、観光センターという鉄筋の建物が壊されていて、自転車置き場になっている。目の前の道を歩くと「防潮堤」の左下から防潮堤の上を歩く。

下のスペースに野球場があったがガレキ置き場になり、種類ごとに小山になってる。


分別の結果、泥と布と木片が交った、汚泥というか、どうにも分けにくいものが埋め尽くしている。
東日本大震災による最大波到達時間15時26分。高さ8.5m以上。防潮堤の2倍以上だったという目撃があり、15M以上であった可能性がある。津波遡上高37.9m(←東大地震研究所発表)海側の防潮堤は約500メートルにわたって一瞬で倒壊し、市街中心部に進入した津波のため地区では大きな被害がでた。田老地区の人口4434人のうち200人近い死者・行方不明者を出した。
Xの中心の接続点まで来た。そこから見えたのは、驚くべき光景だった。Xの右上の防潮堤が、破壊されているのだ。見上げるような建造物が、ごっそり崩されているのです。下に降りて見上げると、その大きさにも驚かされるし、壊れてしまった部分がどこに行ってしまったかもわからない。防潮堤の壊れ方は・その波の力の強大さに戦慄するばかりだ。万里の長城とも呼ばれた城壁は、ボロボロに寸断されていた。


壊された海側にはプレハブ仮設の海草乾燥施設が作られていた。

ここで中心の接続点から防潮堤を下り、線路方向へむかう。線路はXの左側深いところに5Mほど高い斜面を走っており、線路の海側は壊滅。山側にある学校や住宅や墓地は津波被害を受けていないようである。

下校時間になると、子供たちはマイクロバスで帰宅する。バスには仮設の行き先が貼られていて、3カ所ほどを回るようだ。三陸鉄道の上りがやってくる時間なので、学校の横からトンネルの上に出る。場内信号機が見える位置で上りを撮影する。背後は墓地である。

山の墓地から海側を望む。山桜が美しく咲いていた。
山すそを北に向かう。このあたりに郵便局があったはずだが、人に聞くまでもなく、建物はない。山すその道が防潮堤のX左上と合流するところが、田老地区の北端であり、「三陸大津波ここまで」の看板がある。その先に仮設建物のローソンがある。つまり今回の津波は、昭和8年の津波を超えて到達しているわけだ。

コンビニの復活の力は、すごい。もちろんその会社としての考え方が大きいのだと思うが、沿岸部を通していえることだが、なにもない平原の中、ガソリンスタンドとコンビニがまず営業を始めている。ローソンの復活力は褒めてもいいとおもわれる。このスピードで国も動いてほしい。民間の共同企業体JVで復興を牽引するべきではないのか。

見渡す限りの平地の中、商店が一軒だけ営業していた。田舎によくある雑貨食料品店である。地元の方の気配をわずかに感じる場所であった。家が残ったほんの少しの子供たちが歩いていた。
ただ一人、小学生が困ったような顔をして「こんにちは」と声をかけてくれた。
震災14ヶ月 岩手県沿岸部縦断旅【序章】

ただただ、何もない平原を強い風が吹き抜けてゆくだけでした。防波堤は驚異的な力で崩され、鉄路は寸断されて、古代の遺跡のようでした。写真は宮古市田老。奥に万里の長城と呼ばれた防潮堤が見える。津波は海側の防潮堤を破壊し、手前の防潮堤を乗り越え、町を壊滅させた。
昨年、訪問した石巻は、町にはガレキが残されていて、臭いが充満していました。壮絶な現場でしたがそこで作業する人、そこに住んでいたであろう人々の気配がありました。しかし、今回見た町だった場所は、全くの平原になって、人の気配を感じることが出来ませんでした。この平原から、「頑張ろうっ」と軽々には言えないし、その復興にかかる規模は、想像を絶しました。
私は軽々に、同情や提言をするわけにはいかないので、今回は意識して「鉄道」を軸にして見て、感じてきました。運転再開した北リアス線に乗り、未だ乗っていなかった山田線・大船渡線・南リアス線のレールとレール跡をたどりました。順次ご報告してまいります。
今回の行程
東北新幹線⇒盛岡⇒山田線⇒宮古⇒北リアス線⇒田老⇒小本=代行バス=田野畑⇒久慈(ヨ)
久慈⇒田野畑⇒小本⇒宮古 =レンタカー=山田町=大槌=釜石=唐丹=大船渡=陸前高田=気仙沼=一関⇒東北新幹線
鉄道マニア育成D51見学&伊香保温泉
ゴールデンウイークは前半お仕事で、3・4・5がお休みでした。ところが今年は3・4と、お天気が悪く残念でした。どこも混んでるけれど、どこか行こう!今回もやっぱり北関東へ。まずは渋滞覚悟で早起きして関越自動車道に乗ります。ところが、下りは意外と空いていて、予定よりもずいぶん早く進んでしまいました。

第一の目的は、長男の鉄道マニア育成プログラムです。渋川駅にてSLみなかみ号 D51長時間観察です。
予定より早く渋川伊香保ICについてしまったので、まずはオレンジ115系と小麦の穂が風にそよぐ光景を撮る。駅へ移動したもののSL到着1時間も前で、妻子は駅前のファミレスとんでん でブランチを召し上がる。妻10時からパフェ。長女10時からポテトフライ。次女10時からミニネギトロ丼。私はレールを前にのんびり食べるなんてことできずに、さっさとホームの端っこへ。

10:32、列車SLみなかみ号渋川到着。SLはここで30分停車します。以前2回乗車したときは運転席に入れていただき写真を撮れたのですが、最近はNGらしい。まあ業務中だからね当然だな。代わりに夏帽子にSLプレートを持って写真を撮らせてくれる。でも側面で前じゃないんだな。しかも駅長帽子だし…ここはナッパにスコップでしょう。運転席には入れないけれど、鯉のぼりの付けられたキャブの前で機関士さんに一緒に写真に入ってもらえました。我が家よりももっと小さい子は機関士さんに、お相撲さんスタイルで抱っこされていた。機関士さんも大変だなあ。安全とサービスの境界で難しいところだけど、かなりサービスがいいと言っていいんじゃないかな。みんな頑張っています。この日はとても若い機関士さんでした。

停車中「草津」が追い抜き。185系湘南色。
SLの発車時間が近づき乗っているお客さんは車内へ戻りました。混乱が収まって静かになってゆくと、SLには石炭がくべられ、いよいよ煙が上がり蒸気が吹き出し迫力を増してゆきます。煙と蒸気、石炭カスが降り注いできます。入場券で見学している我が家のような家族が少しだけ残り、贅沢な時間が過ぎてゆきます。娘たちのおでかけ服に灰がかかり妻は「ひゃー」と言っていますが、なんとも幸せな時間です。

渋川駅でもう一本抜かれる普通列車が10分遅れで、待ち合わせます。この贅沢な時間がさらに10分も延長して味わえたのです。長男は妻殿に抱えられ、娘たちには耳をふさがせ、キャブ横でHDを構えている私は、すでに夢見心地で出発信号を眺めておりました。この幸福感…わかる方はお分かりになるのではないでしょうか。

「側灯滅!」「3番出発注意!」いよいよ熱気が発せられ、ゆっくり動き出しました。動輪がガガガっと空転し、水上に向けて出発してゆきました。やっぱり本物はいい。
灰を払いながら、私はもう満足。今日は終わった感。妻殿「なぜかこの子は耳をふさがないんだよね」と鉄道教育の成果大なることを確認できました。
そのあと…

伊香保に登って、伊香保グリーン牧場へ。(入場HP割引1100円)大変に混んでいます。普段の休日でもそれほど混雑せず閑散としている場所なのですが、さすがに最高潮のこどもの日、にぎわっています。バーベキューも混んでいるので後回し…で結局食べず。うさぎを触って(500円)乳搾り(500円)。次女は混んでいてもそれなりに楽しみを見つけています。長女はどうにもこうにも出不精になってしまって、私の周りをふらふらとしています。園内は山桜が満開で新緑とともに美しい、初夏のさわやかな風が流れています。

ちょっとここに来ようかなと思ったのは、ダッシュ村の動物たちが避難しているからなんです。
私はバラエティー番組をあまり見ない派なのですが、日テレの「鉄腕ダッシュ」を見ています。TOKIOという5人組アイドル(年齢的には元アイドル)が、とある里山の休耕田を開墾し、農業をするというもの。(他にもいろいろな内容があるけど)このうっかり本格的な農業をはじめると、すごく大変だという様子を面白く見ていました。その「ダッシュ村」の所在は表向き秘密だったのですが11年目の今年、原発事故被害を受けることになりました。ダッシュ村は浪江町それももっとも放射線量の高い場所にのひとつなのです。彼らと関係の方々は、開墾から始めた農地を一瞬で手放すことになり、それを一緒に見てきた視聴者である私も、間接的に共感することになったわけです。村で飼われていたヤギ、羊は伊香保グリーン牧場に預けられているのでした。
園内に「ダッシュ村の仲間たち」と書かれた一角があり覗いてみたのですが、毎週見ていた番組ですが、テレビで見たヤギの顔を区別できることもできず、名前も思い出せず、ぼんやりと「君たちも大変だな」っと声をかけてきました。
そのあとは、100円入れてウニウニ動く乗り物や、射的なんぞという縁日てきな遊びをし、牧場アイス(350円)を食べて園を出る。長女このタイミングで「射的おもしろかった」
…もう、思春期で、大人の思うようにならず、大人の思うように楽しいんでくれるわけでもないのですな。長女の成長が嬉しいような気にもなり、ちょっとづつ離れて行っている感じがするのも、寂しいような気もします。これは娘を持ったお父さんの喜びであるんだろうと、前向きに考えています。まだお風呂には一緒に入れます。
するとハプニング!ですうっ。
駐車場までやってくると右前のタイヤがしっとりと凹んでいて、見た目半分ほどになっています。妻も私も腕を組んで「ちょっと、凹んでるねえ~」すると銀色のネジ頭が!!
とにかく、未だ残っている空気があるうちに、最寄りのガソリンスタンドへ スクランブル!です。渋滞とは逆の温泉街の方へ向かい、ガソリンスタンドに駆け込みました。とにかく一安心。
時間かかるのかなあ、計画が狂ったなあと思いきや、意外とちょいちょいと治った。

相変わらず山を下る車列は混雑しているので、伊香保の最奥、「露天風呂」へ。鉄分が多いらしく川は赤くなっています。露天風呂は橋本ホテルよりもちょっと上にある、伊香保の湯元である。お湯は硫酸塩泉。赤茶色です。浴槽は熱めとぬるめの、二つに分かれていて、15人ほどが入浴中。洗い場なしの共同浴場です。熱めという浴槽に入って、ややぬる。ぬるめは、本当にぬるい。むむむ。風邪ひくぞ。ひたすら熱め浴槽に入って出てきました。女湯へむかう通路の下5センチほどが見えていて、赤い鼻緒の下駄のくるぶしだけが見えるところが風情がある。
お風呂は18時にて終了。車に戻って帰るころには渋滞も解消されていて、スムースに帰ってきました。とはいえ高速道をは全部渋滞なので、下道に進み、次女が眠くなって機嫌が悪くなってきたので、前橋で夕食を食べました。私は夕食を食べると睡眠というスケジュールが体に染みついているので、眠くなりついには妻殿に運転を変わってもらって、17号から上武道路、17号BPで帰宅しました。23:15着

第一の目的は、長男の鉄道マニア育成プログラムです。渋川駅にてSLみなかみ号 D51長時間観察です。
予定より早く渋川伊香保ICについてしまったので、まずはオレンジ115系と小麦の穂が風にそよぐ光景を撮る。駅へ移動したもののSL到着1時間も前で、妻子は駅前のファミレスとんでん でブランチを召し上がる。妻10時からパフェ。長女10時からポテトフライ。次女10時からミニネギトロ丼。私はレールを前にのんびり食べるなんてことできずに、さっさとホームの端っこへ。

10:32、列車SLみなかみ号渋川到着。SLはここで30分停車します。以前2回乗車したときは運転席に入れていただき写真を撮れたのですが、最近はNGらしい。まあ業務中だからね当然だな。代わりに夏帽子にSLプレートを持って写真を撮らせてくれる。でも側面で前じゃないんだな。しかも駅長帽子だし…ここはナッパにスコップでしょう。運転席には入れないけれど、鯉のぼりの付けられたキャブの前で機関士さんに一緒に写真に入ってもらえました。我が家よりももっと小さい子は機関士さんに、お相撲さんスタイルで抱っこされていた。機関士さんも大変だなあ。安全とサービスの境界で難しいところだけど、かなりサービスがいいと言っていいんじゃないかな。みんな頑張っています。この日はとても若い機関士さんでした。

停車中「草津」が追い抜き。185系湘南色。
SLの発車時間が近づき乗っているお客さんは車内へ戻りました。混乱が収まって静かになってゆくと、SLには石炭がくべられ、いよいよ煙が上がり蒸気が吹き出し迫力を増してゆきます。煙と蒸気、石炭カスが降り注いできます。入場券で見学している我が家のような家族が少しだけ残り、贅沢な時間が過ぎてゆきます。娘たちのおでかけ服に灰がかかり妻は「ひゃー」と言っていますが、なんとも幸せな時間です。

渋川駅でもう一本抜かれる普通列車が10分遅れで、待ち合わせます。この贅沢な時間がさらに10分も延長して味わえたのです。長男は妻殿に抱えられ、娘たちには耳をふさがせ、キャブ横でHDを構えている私は、すでに夢見心地で出発信号を眺めておりました。この幸福感…わかる方はお分かりになるのではないでしょうか。

「側灯滅!」「3番出発注意!」いよいよ熱気が発せられ、ゆっくり動き出しました。動輪がガガガっと空転し、水上に向けて出発してゆきました。やっぱり本物はいい。
灰を払いながら、私はもう満足。今日は終わった感。妻殿「なぜかこの子は耳をふさがないんだよね」と鉄道教育の成果大なることを確認できました。
そのあと…

伊香保に登って、伊香保グリーン牧場へ。(入場HP割引1100円)大変に混んでいます。普段の休日でもそれほど混雑せず閑散としている場所なのですが、さすがに最高潮のこどもの日、にぎわっています。バーベキューも混んでいるので後回し…で結局食べず。うさぎを触って(500円)乳搾り(500円)。次女は混んでいてもそれなりに楽しみを見つけています。長女はどうにもこうにも出不精になってしまって、私の周りをふらふらとしています。園内は山桜が満開で新緑とともに美しい、初夏のさわやかな風が流れています。

ちょっとここに来ようかなと思ったのは、ダッシュ村の動物たちが避難しているからなんです。
私はバラエティー番組をあまり見ない派なのですが、日テレの「鉄腕ダッシュ」を見ています。TOKIOという5人組アイドル(年齢的には元アイドル)が、とある里山の休耕田を開墾し、農業をするというもの。(他にもいろいろな内容があるけど)このうっかり本格的な農業をはじめると、すごく大変だという様子を面白く見ていました。その「ダッシュ村」の所在は表向き秘密だったのですが11年目の今年、原発事故被害を受けることになりました。ダッシュ村は浪江町それももっとも放射線量の高い場所にのひとつなのです。彼らと関係の方々は、開墾から始めた農地を一瞬で手放すことになり、それを一緒に見てきた視聴者である私も、間接的に共感することになったわけです。村で飼われていたヤギ、羊は伊香保グリーン牧場に預けられているのでした。
園内に「ダッシュ村の仲間たち」と書かれた一角があり覗いてみたのですが、毎週見ていた番組ですが、テレビで見たヤギの顔を区別できることもできず、名前も思い出せず、ぼんやりと「君たちも大変だな」っと声をかけてきました。
そのあとは、100円入れてウニウニ動く乗り物や、射的なんぞという縁日てきな遊びをし、牧場アイス(350円)を食べて園を出る。長女このタイミングで「射的おもしろかった」
…もう、思春期で、大人の思うようにならず、大人の思うように楽しいんでくれるわけでもないのですな。長女の成長が嬉しいような気にもなり、ちょっとづつ離れて行っている感じがするのも、寂しいような気もします。これは娘を持ったお父さんの喜びであるんだろうと、前向きに考えています。まだお風呂には一緒に入れます。
するとハプニング!ですうっ。
駐車場までやってくると右前のタイヤがしっとりと凹んでいて、見た目半分ほどになっています。妻も私も腕を組んで「ちょっと、凹んでるねえ~」すると銀色のネジ頭が!!
とにかく、未だ残っている空気があるうちに、最寄りのガソリンスタンドへ スクランブル!です。渋滞とは逆の温泉街の方へ向かい、ガソリンスタンドに駆け込みました。とにかく一安心。
時間かかるのかなあ、計画が狂ったなあと思いきや、意外とちょいちょいと治った。

相変わらず山を下る車列は混雑しているので、伊香保の最奥、「露天風呂」へ。鉄分が多いらしく川は赤くなっています。露天風呂は橋本ホテルよりもちょっと上にある、伊香保の湯元である。お湯は硫酸塩泉。赤茶色です。浴槽は熱めとぬるめの、二つに分かれていて、15人ほどが入浴中。洗い場なしの共同浴場です。熱めという浴槽に入って、ややぬる。ぬるめは、本当にぬるい。むむむ。風邪ひくぞ。ひたすら熱め浴槽に入って出てきました。女湯へむかう通路の下5センチほどが見えていて、赤い鼻緒の下駄のくるぶしだけが見えるところが風情がある。
お風呂は18時にて終了。車に戻って帰るころには渋滞も解消されていて、スムースに帰ってきました。とはいえ高速道をは全部渋滞なので、下道に進み、次女が眠くなって機嫌が悪くなってきたので、前橋で夕食を食べました。私は夕食を食べると睡眠というスケジュールが体に染みついているので、眠くなりついには妻殿に運転を変わってもらって、17号から上武道路、17号BPで帰宅しました。23:15着
秩父鉄道でお花畑散歩
あまりの好天に突如、無計画電車散歩へ。無計画のため、保育園も通常通りに送って、遅めに駅へ向かう。
この時間からだと、久留里線にも行けないし、東北にも行けないし…かといって、このいい天気に普段撮りで終わってしまうのも、もったいない。東北本線が濃霧で遅れていたので、高崎線で下ることにする。
籠原行きは、軽くエアコンが効いていて眠気を誘う…ウツラウツラするうちに熊谷到着。秩父鉄道のホームを眺めると、元西武車の急行が待機中。籠原に行っても仕方がないので、下車して秩父鉄道へ。次の発車は急行とのことで、1日フリー切符1400円と急行券200円を購入しホームへ向かう。

羽生からの普通列車はスカイブルー色がやってきた。昭和36年川崎車両製の元国鉄103系である。さっさと羽生方向に戻ってゆく。留置線に旧秩父色が休憩している。

下り方面の車両は元、西武鉄道車で昭和55年所沢車両工場製。通勤型にリクライニングシートを設置した車両だ。運転席直後に1列あって展望席かと思いきや、前面窓が高い位置にあり、座ると壁。リクライニングシートに正座という矛盾した座り方をすると、ちょっと前が見えるという、イラッとする作りなのだ。ここも改造してほしかったなあ。横棒に「挟んで撮れる君&HDビデオ」とセットし前面録画開始。

特に目的もなく乗車してしまいましたが、車窓は初夏の陽気で、芽に青葉の長閑な風景です。普段は乗らない急行は、小刻みに駅を通過してゆきます。どうせ急行券を払ったので、終点の影森まで乗ってもいいんですが、どうするかな~。長瀞でバーミリオンオレンジがやってきた。超小型の上段下降窓を下げて撮影。

長瀞駅は枝垂桜が満開です。荒川もノンビリした春らしい水面です。今日はコンクリ工場が休みらしく、貨物が全くやって来ない。大野原で新秩父色が交換。

どうしようと悩んでいるうちに、他のお客様はどうやら「芝桜」を見に行くらしい。おお、そうか。話に聞く芝桜というものがあったか。車内の広告では秩父駅から10分とある。車内お客様は私の心の叫びが聞こえたように「お花畑」の方が近いのよ~というわけで、終点ひとつ前の「お花畑」駅下車。

路地の突き当りにある、猫の通り道のような狭い駅には、なぜか立ち食いそば屋が2軒ある。女の子とスカートが春らしい。備え付けのガイドを片手に歩き出すが、散策路を逸れ、まずは郵便局に行く。秩父野坂郵便局を局めぐ。局員さんは「寒かったから、まだ少ししか咲いていない」という情報でした。特に花に興味のない私は、じゃあ帰るかと70%ぐらい思ったのですが、「まだお金は取っていないのでは」ということだったので、じゃあ行ってみるか~。行ってみるか~と思わせたのは、西武秩父線が大きくカーブしてトンネルに入る上部に出られそうな感じなのです。
公園の入り口は心臓やぶりの急坂です。お年寄りが命がけで登っています。その中腹に線路を眺めるポイントがありました。春霞のなかレットアローが坂を下ってゆきます。
さらに急坂を登って、やっと芝桜の丘に到着。
ここでご注意。秩父駅から10分、お花畑・西武秩父から15分というのは、ウソです。広い広い公園の端までが15分かかります。さらに芝桜が植えてある場所まで園内を15分以上歩きます。しかも坂道多く、ハイキングです。ガイドは早急に改善すべし。しかも、確実に入園料300円は取られました。

苦労した芝桜…まだまだ時期は早いようです。写真の方がきれいに見える。申し訳ないのだが、パシャパシャとシャッターを押し、3分で帰る。私は花には興味が薄いのだということを我ながらに確認。1分100円。会場の外の枝垂桜の方が綺麗である。芝桜と桜は、かように違うものである。

西武秩父まで足早に戻り、昼食。秩父はそばという話も多いが、ネットの口コミではさほどの意見もないので、草鞋カツを頼む。通常のカツの厚さがより薄いものが2枚載っている。衣量が倍ということだな。甘いタレと辛いタレの選択可能で、私は甘い方。駅の食事場所としては長めの待ち時間であったが、おいしくいただき運動した分しっかりカロリーを吸収した。

お花畑駅まで戻り時刻表を確認。三峰まで行くと、小学校の時間に間に合わないことがわかり、残念ながら上り方向に帰ることにする。フリー切符を買ってしまったがために、西武で帰るのは損である。むむ。この辺が無計画だな。30分ほど時間があるので、すぐ近くの秩父駅に向かって歩いてゆく。電車だとあっという間だが、歩くと商店街1つ分あり、古い商店が昭和の空気を醸し出しています。秩父神社では、「子育て虎」を見学して、秩父駅。


上りは、残念ながら元東急7001。車内には1976年ローレル賞のエンブレムがあった。
東急車が地方私鉄にどんどこ下取りされてゆく。どこもかしこも元東急車なのが、残念だ。全面展望も悪い。熊谷まで熟睡で帰ってきました。今後元103も東急車に置き換わるとなれば、記録しておかなければならないですね。
小学生帰宅時間ぴったりに私も帰宅。
この時間からだと、久留里線にも行けないし、東北にも行けないし…かといって、このいい天気に普段撮りで終わってしまうのも、もったいない。東北本線が濃霧で遅れていたので、高崎線で下ることにする。
籠原行きは、軽くエアコンが効いていて眠気を誘う…ウツラウツラするうちに熊谷到着。秩父鉄道のホームを眺めると、元西武車の急行が待機中。籠原に行っても仕方がないので、下車して秩父鉄道へ。次の発車は急行とのことで、1日フリー切符1400円と急行券200円を購入しホームへ向かう。

羽生からの普通列車はスカイブルー色がやってきた。昭和36年川崎車両製の元国鉄103系である。さっさと羽生方向に戻ってゆく。留置線に旧秩父色が休憩している。

下り方面の車両は元、西武鉄道車で昭和55年所沢車両工場製。通勤型にリクライニングシートを設置した車両だ。運転席直後に1列あって展望席かと思いきや、前面窓が高い位置にあり、座ると壁。リクライニングシートに正座という矛盾した座り方をすると、ちょっと前が見えるという、イラッとする作りなのだ。ここも改造してほしかったなあ。横棒に「挟んで撮れる君&HDビデオ」とセットし前面録画開始。

特に目的もなく乗車してしまいましたが、車窓は初夏の陽気で、芽に青葉の長閑な風景です。普段は乗らない急行は、小刻みに駅を通過してゆきます。どうせ急行券を払ったので、終点の影森まで乗ってもいいんですが、どうするかな~。長瀞でバーミリオンオレンジがやってきた。超小型の上段下降窓を下げて撮影。

長瀞駅は枝垂桜が満開です。荒川もノンビリした春らしい水面です。今日はコンクリ工場が休みらしく、貨物が全くやって来ない。大野原で新秩父色が交換。

どうしようと悩んでいるうちに、他のお客様はどうやら「芝桜」を見に行くらしい。おお、そうか。話に聞く芝桜というものがあったか。車内の広告では秩父駅から10分とある。車内お客様は私の心の叫びが聞こえたように「お花畑」の方が近いのよ~というわけで、終点ひとつ前の「お花畑」駅下車。

路地の突き当りにある、猫の通り道のような狭い駅には、なぜか立ち食いそば屋が2軒ある。女の子とスカートが春らしい。備え付けのガイドを片手に歩き出すが、散策路を逸れ、まずは郵便局に行く。秩父野坂郵便局を局めぐ。局員さんは「寒かったから、まだ少ししか咲いていない」という情報でした。特に花に興味のない私は、じゃあ帰るかと70%ぐらい思ったのですが、「まだお金は取っていないのでは」ということだったので、じゃあ行ってみるか~。行ってみるか~と思わせたのは、西武秩父線が大きくカーブしてトンネルに入る上部に出られそうな感じなのです。
公園の入り口は心臓やぶりの急坂です。お年寄りが命がけで登っています。その中腹に線路を眺めるポイントがありました。春霞のなかレットアローが坂を下ってゆきます。さらに急坂を登って、やっと芝桜の丘に到着。
ここでご注意。秩父駅から10分、お花畑・西武秩父から15分というのは、ウソです。広い広い公園の端までが15分かかります。さらに芝桜が植えてある場所まで園内を15分以上歩きます。しかも坂道多く、ハイキングです。ガイドは早急に改善すべし。しかも、確実に入園料300円は取られました。


西武秩父まで足早に戻り、昼食。秩父はそばという話も多いが、ネットの口コミではさほどの意見もないので、草鞋カツを頼む。通常のカツの厚さがより薄いものが2枚載っている。衣量が倍ということだな。甘いタレと辛いタレの選択可能で、私は甘い方。駅の食事場所としては長めの待ち時間であったが、おいしくいただき運動した分しっかりカロリーを吸収した。

お花畑駅まで戻り時刻表を確認。三峰まで行くと、小学校の時間に間に合わないことがわかり、残念ながら上り方向に帰ることにする。フリー切符を買ってしまったがために、西武で帰るのは損である。むむ。この辺が無計画だな。30分ほど時間があるので、すぐ近くの秩父駅に向かって歩いてゆく。電車だとあっという間だが、歩くと商店街1つ分あり、古い商店が昭和の空気を醸し出しています。秩父神社では、「子育て虎」を見学して、秩父駅。


上りは、残念ながら元東急7001。車内には1976年ローレル賞のエンブレムがあった。
東急車が地方私鉄にどんどこ下取りされてゆく。どこもかしこも元東急車なのが、残念だ。全面展望も悪い。熊谷まで熟睡で帰ってきました。今後元103も東急車に置き換わるとなれば、記録しておかなければならないですね。
小学生帰宅時間ぴったりに私も帰宅。
高尾山の鯵

義妹が高尾山に行って鯵を手に入れた。山登りしている時に、知人から、鯵が釣れたと連絡がありました。
高尾山に登って鯵を釣って来た!
復興支援ソング「花は咲く」
「花は咲く」のフルバージョンが11日深夜放送された。
震災後、「歌の力」というものに、驚きもし、感動もした。
音楽が全くできない、私としては「もしもピアノが弾きたなら」・・・それもすごくうまく、いろいろなことができたかもしれない。とも思ったし、それができない無力感を感じました。ひょっとすると、すごく音楽のできる人も、より一層無力感を感じるのかもしれない。
震災直後・お笛の会での番外、一調に私は涙した。心にしみた笛であり謡だった。しかしそれは、何でもなかった人が、悼む気持ちを表現した涙であった。時間がたつにつれ「何でもなかった人」=私の無力感に気づいた。あまりにも大きな自然の力・あまりにも多くの命の前に、立ちつくすしかない。
歌が歌える人はいいと思った。
楽器が弾ける人がうらやましいと思った。
放送された「花は咲く」は、悼むだけでの曲ではなかったし、単に募金集めのチャリティー曲でもなかった。
私の体の中の東北の血が騒いだ。心に残る曲だった。千昌夫の歌声は岩手の声だった。
最近、ダイヤ改正のタイミングに追われ、日本海側に行ってしまいましたが、決して忘れているわけではありません。今後も私にできることを続けて行きます。
ほんのちょっとしたことで立場が違ってくるのかもしれない。うちの娘が海辺の町に嫁ぐかもしれない。私が海の見える老人ホームに入居するかもしれない。災害は津波に限ったことではない。災害に出会う人、無難に人生を終える人。いろいろなのが人生だ。・・・若者よ。子供たちよ。できることは何でもやっておこう。誰かを救うことが出来るかもしれない。自分が救われるかもしれない。
花は咲く
「花は咲く」出演は・・・・
秋吉久美子、荒川静香、生島ヒロシ、イケメン'ズ、岩田華怜(AKB48)、梅沢富美男、大友康平、
加藤茶、門倉有希、狩野英孝、かの香織、熊谷育美、佐藤B作、さとう宗幸、沢田知可子、
サンドウィッチマン、涼風真世、鈴木京香、千昌夫、中村雅俊、仲谷明香(AKB48)、新沼謙治、
西田敏行、野村克也、畠山美由紀、原田直之、本田武史、マギー審司、村上弘明、森公美子、
杜けあき、山川恵里佳、遊佐未森、由規
次回の放送予定は
4/17 25:50〜25:55 総合テレビ
震災後、「歌の力」というものに、驚きもし、感動もした。
音楽が全くできない、私としては「もしもピアノが弾きたなら」・・・それもすごくうまく、いろいろなことができたかもしれない。とも思ったし、それができない無力感を感じました。ひょっとすると、すごく音楽のできる人も、より一層無力感を感じるのかもしれない。
震災直後・お笛の会での番外、一調に私は涙した。心にしみた笛であり謡だった。しかしそれは、何でもなかった人が、悼む気持ちを表現した涙であった。時間がたつにつれ「何でもなかった人」=私の無力感に気づいた。あまりにも大きな自然の力・あまりにも多くの命の前に、立ちつくすしかない。
歌が歌える人はいいと思った。
楽器が弾ける人がうらやましいと思った。
放送された「花は咲く」は、悼むだけでの曲ではなかったし、単に募金集めのチャリティー曲でもなかった。
私の体の中の東北の血が騒いだ。心に残る曲だった。千昌夫の歌声は岩手の声だった。
最近、ダイヤ改正のタイミングに追われ、日本海側に行ってしまいましたが、決して忘れているわけではありません。今後も私にできることを続けて行きます。
ほんのちょっとしたことで立場が違ってくるのかもしれない。うちの娘が海辺の町に嫁ぐかもしれない。私が海の見える老人ホームに入居するかもしれない。災害は津波に限ったことではない。災害に出会う人、無難に人生を終える人。いろいろなのが人生だ。・・・若者よ。子供たちよ。できることは何でもやっておこう。誰かを救うことが出来るかもしれない。自分が救われるかもしれない。
花は咲く
「花は咲く」出演は・・・・
秋吉久美子、荒川静香、生島ヒロシ、イケメン'ズ、岩田華怜(AKB48)、梅沢富美男、大友康平、
加藤茶、門倉有希、狩野英孝、かの香織、熊谷育美、佐藤B作、さとう宗幸、沢田知可子、
サンドウィッチマン、涼風真世、鈴木京香、千昌夫、中村雅俊、仲谷明香(AKB48)、新沼謙治、
西田敏行、野村克也、畠山美由紀、原田直之、本田武史、マギー審司、村上弘明、森公美子、
杜けあき、山川恵里佳、遊佐未森、由規
次回の放送予定は
4/17 25:50〜25:55 総合テレビ
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